常識、当たり前というのは、自分で作った壁である
不特定多数の誰かが作った物のように感じるが、それを受け入れたのは他でもない自分。流されてしまったのか、それともその時の自分に都合が良かったのか…?
この常識とか当たり前というのが意外に厄介で、その中で過ごすのが普通、そこを外れるのは良くない事と無意識に思い込んでいる。(刷り込まれている)
それぞれのセオリー通りに「思考」「行動」する癖がついてしまうのですね。
これは常識という壁で固められた通路を歩いているのと同じ
セオリー通りに物事が進んでいるうちは良いのですが、ちょっと異変が起きると「想定外」で対応不能に陥る…。通路内に出口(解決策)がないので、迷路のようにグルグル回ってループ…ストレスを抱える…。
解決策は壁の外だ!と思っても、やったことが無いので、枠から外れた大胆な思考や行動が出来ない…。
無理、しょうがない、そういうもんだ、忘れよう、他でストレス発散…となる。
しかし、これを繰り返していては、トンネルの中をずっと歩み続けることになる。
これもそのうち習慣化されて当たり前になるのだろう…これでは人生は変わらない。
そこから抜け出すには…!?
常識を超えていくには、非日常な体験や不思議体験を重ねるのが効果的!
常識を超えた人に会うとか、常識を超える体験をするとか。
(まずはこれを探すのが第一のハードルか…(笑))
え??そんなことあるの!?そんなこと出来るの!?マジで??目からウロコ!?的なやつを、話を聞くだけではなく、実際に自分で体験するのが大事
話だけだと忘れるけど、体験したこと、感じたことは意外と忘れない。
あとは、これを繰り返す=新たな習慣を作るところまで持っていければ、そこから新しい可能性や、とんでもない気付きとか、とんでもない自由な世界が待っている!?
となると「プチ常識越え体験が、自分で出来るメソッドの基本(本質)を教えてもらって、繰り返し練習しながら深めていく」というのが理想だろうか!?
私は今までに「これは!!」というものに二つ出会いましたが、どちらも武道からの派生、本質は同じで、体を使って感覚を深めます。今はその感覚を料理(得意分野)に使っていますが、基本を覚えれば万能だと思います。
その内容を、文章化できる部分はブログで、出来ない部分は、ワークショップなどでお伝えできるようにしていこうと思っています。お楽しみに♪
ただ、こういう分野って、正直、怪しいものも多い。
(安心して、信頼して取り組めそうなものに出会う、探すのが第2のハードルか)
いろんなの見たけど(最近多いですよね)、依存させたり、助ける・救う的な言葉で弱みにアプローチしてきたり、不安・恐怖を煽ったり、見えないものを崇めさせたり、波動が変わればとか、自立を促さない相手を尊重しないものは、どうかな~と思います。
まずは、変わるんだ!自立するんだ!という自発的意識が無ければ変わりませんから、自分は何もせずに「変えてもらおう、助けてもらおう」みたいな依存心を持って行くと、怪しいものと共依存関係になってしまい、それこそもっと深いループに…。
自分の意識の状態がどうか、関わるものがどんなものかを、しっかり見極めることが大事ですね