まなたま日記 人生転換のひみつ

今までとは「違う人生」を生きる為の知恵袋

意識の違いによる「幸せ感」と「愛」と「感謝」の感覚の違い

意識の起点がどこにあるかによって、様々な違いが出てきます。

3次元的な意識とは?4次元的な意識とは?5次元的な意識とは?についていろいろ書いてきましたが、(過去記事は①こちらと②こちらここで、まとめに入って行きたいと思います。

意識の違いによる「幸せ感」「愛」の感覚の違い

3次元、4次元、5次元、それぞれの感覚に違いについて、もう少し詳しく見ていきたいと思います。

3次元的意識の幸せ感・愛の感覚

まず、3次元的な意識の場合、3次元的な「モノ」に視点・焦点が当たり、そこに固執する傾向があります。当然、モノを手に入れる手段である「お金」にも固執します。

ここでは、自分が「モノ」を持っているか、いないか、が価値観の中で非常に重要になってきますので、所有したい欲がどんどん出てきます。

そのような意識の状態では、「モノ」があること、所有していることに、幸せ感や安心感を感じます。

ただ、その裏返しで、「モノ」がないこと、所有していないことに対しては、不幸に思ったり、不安になったり、イライラ・ストレスを感じて不満がつのり、それが過度になると恐怖を覚えたりします。

これは意識の状態ですから、悶々と考え続けることによって、積もり積もって蓄積されることもあります。それが現実世界に表出してしまうと、嫌がらせや妨害、危害を加えるみたいな、あり得ない犯罪的行為に発展することも…。


また、「モノ」をもらえることや、何かをしてもらえることに、愛や優しさ、幸せ感を感じ、モノをあげるとか、何かをしてあげることで愛情表現をする傾向があります。

プレゼントをもらえたとか、やさしくしてくれたとか。「わ~嬉しい!幸せ~❤」
ところが、周りと比べて、友達の方が高い金額のものをもらっていたり、たくさんのことをしてもらっていると、凹んだり、愛されているか不安になったりすることも…。

また、これだけのモノをあげたのに、これだけしてあげたのに…と、もらったモノと自分があげたモノの価値とを比較して悩むことも…。

 

3次元意識の「幸せ感」「愛」の感覚は、モノの質と量がモノサシになっていますね。
言い換えると、「幸せと愛の質量はモノで測られる」といった感じでしょうか。

モノで自分を満たそうとしますが、全てが満たされることは果たしてあるのかどうか…。

4次元的意識の幸せ感・愛の感覚

物質的なモノで満たされたいのが3次元ですが、心の部分で満たされたいという意識の状態を3次元と区別して4次元的意識としておきます。

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ここでは「心」や「思い」といった、目に見えないけど確かにある「心理的な部分」に焦点が当たっています。

心の部分を満たしたい、満たされたいとなると、認められたい、必要とされたい、わかって欲しい、受け入れて欲しい、癒されたい…みたいな心理的欲求が働きます。

そして、認めてもらえたり、必要とされていたり、わかってくれたり、受け入れてくれたり、癒してくれると、幸せに感じたり、愛されていると感じます

しかし逆の場合、悶々としたり、不安になったり、悲しくなったり、寂しさを感じたり、愛されていないと感じたりします。

また、「こんなに相手を思っている(=愛?)」に基づいた行動が受け入れられると充実感や幸せ感を感じるけど、受け入れられないと、つらい、悲しいという感情が、行き過ぎると妬みや怒りになることも…。

思いが伝わらないとか、思いにズレを感じたり、価値観に見合わないと、不満やストレスを感じるのですが、この時の基準となるのが「私の思い・価値観」なので、人それぞれ基準も違って非常に複雑です。

その上、いろんな事を知れば知るほど理想が上がっていくので、完全に満たされるということは無いのかもしれません。

ここでの「幸せと愛の質量は私の価値観の満たされ加減」で測られます。
「私」の基準を押し通そうとすると非常に自我的になります。

 5次元的意識と、その幸せ感・愛の感覚について

私のことだけ…を言っていられない状況になってくると、物事を全体的に客観的に見なければならない状態が発生します。しかし、この状態が意識を進化・発展させます。

自分から全体に意識が広がるのですね。全体から見ると…とか、全体の中の自分という視点がだんだん身に付いてきます。全体の範囲が広がれば広がるほど意識が広がります。

自分を客観的に見られるようになると、モノや価値観、感情などに囚われている自分に気付きやすくなり、気付くと、いったんニュートラルな状態・冷静な状態に戻れるようになります。

こうして冷静に自分から離れて見れるようになると、今までは何か不都合が起こると「誰かのせいだ!」となっていたのが、誰かがそうするに至った裏側の理由・原因を見たり、またそうなるに至った全体の流れや経緯など現象の裏側にある意味を見れるようになります。

「この現象は自分に何を知らせてくれているのか?」という視点ですね。
そこが見えてくると、次の問題が起きる前に回避できたり、全体がより良い方向へ向かって動く流れを作れるようになってきます。

こうして周りといかに響き合えるか、全体を共鳴させることができるか、という視点・意識になって行きます。

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そして「場」や「空間」が見えるようになって、広がっていくと、気付くのです。
たくさんの人や、人が作りだしたもの、自然などに包まれながら、助けられながら、その繋がりの中で生かされている事に。

実は、自分ひとりで出来ることなんてありません。
電気、ガス、水道だって、必ずそこに関わってくれる方がいらっしゃるから手元に来ている訳だし、今使っている機器も誰かが作ってくれたから使える。いろんな素材も資源も地球が用意してくれたもの。野菜や果物だって自然が育んでくれるから食べられる。食物にしたって腸内細菌が助けてくれなきゃ消化できない…。

昨今、自然災害も多いですが、そういった大変な事態に陥ってはじめて気づく。
いろんなものの「ありがたさ」に。たくさんのものに守られていたことに。
無くなって気付く、大切な事。

私は、2回死んだと思ったことがありますし、一文無しになりかけたことも2回ありますが、温かいごはんとお味噌汁が食べられたあの晩に、なんとありがたいことか…と涙がこぼれたことを今でも覚えています。

ありがたい=有難い。実はあり得ないような奇跡的な事が重なって繋がって「今」があり、その上で、私たちは生かされているのです。

本当に「ありがたい」と思うと、ぶわ~っと感謝があふれてきます。
感謝とは本来、内側からあふれてくるものなのですね。そして、それが言葉や行動に繋がる。
「愛」という感覚も、誰かのために、何かのために、が内側からあふれてくるのが本来ではないでしょうか?そこに打算や計算はありません。

このような心と行動=「あり方」が見えない何か(魂とか、それぞれの人が持っている本質的領域のエネルギー)を響かせるのです。

ちなみに、そうようなあり方を見たり聞いたりして心に響く(共振する)ということは、皆さん同じよなものを持っているということです。ここを出していきたいところですね!

「ありがたい」と日々思えていて、物事の裏にある意味を受け取れる人は、どんな環境においても、幸せ度は高いのではないでしょうか?
ここでの幸せと愛の質量は、意識の広がりと深さに比例するかもしれませんね。

3次元的意識、4次元的意識、5次元的意識を見られて、どう感じましたか?

モノがもらえるから感謝するのか。

何かしらのしてくれた行為が嬉しいから感謝するのか。

いろんなことが「ありがたい」と思えて感謝が湧いてくるのか。

「ありがとう」「愛」「感謝」という言葉が持つエネルギーはすごいとか、言霊なんて言ったりしますが、どの領域から響いているかによって、パワーは全く違います。

日々、丁寧に生きていきたいものです。

とは言え、ブレるのも人間。バイオリズムも波がある!?
ただ、こういう事を知っていると、「あ、今、この領域にいるわ!」と気付いて、修正ができるかもしれませんよ。

3次元・4次元の意識を超えて、5次元的意識に入っていくには

3次元・4次元の領域を超えるイメージを膨らませてみる!

3次元、4次元的意識は、ものに囚われたり、満たされたいという思いや承認欲求からくる感情や不安、自我などに囚われやすい意識の状態でした。詳しくは ↓

manatama.hatenablog.com

この自我とか承認欲求の領域をなんとか抜けたい訳ですが、これがなかなか難しい…。

私はまだ認められてないし、満たされてもないのに、それを手放せと言われても、このままでは終われない。こんな状態で、次の領域なんて想像つかない…。とにかく今をなんとかしたい!!「今」が大事だと、それ系の本にも書いてあるし…。
というような思考パターンにハマると、ループの入口へ…。

「いや」「だけど」「でもね~」は置いといて、いったん、考えるの止めて、深呼吸しましょう❤ 自分を脇に置いて、思考を働かせずに、客観的にただ観る感じの視点になってみてください。

例えば、目の前にひとりの会社員がいたとしましょう。

平社員のうちは、とりあえず、目の前のモノ・事に焦点を当てて、個人の成績・結果が周りより良ければOKだった。意識的に言うと、3次元的なモノや出来事についてしっかり観察・分析し、心理的(4次元的な)自分のご機嫌取りとストレスケアができればOKだった。

ところが、出世してくると部下ができるので、自分の事だけという訳にはいかなくなる。部下の特性などを見抜いての適材適所な配置や、うまく動かせるか、まとめられるか、によって部署の成績も変わってくる。自分だけ頑張っても評価されないんですね。自分だけでなく周りも見ないといけないし、客観的視点も必要になり、意識する「空間」が広がってきます。(ここで自我が強くてゴリ押し・トップダウンばかりしてると、かなり、ゴタゴタしそう…)

そして、部長とか役員になってくると、事業部の中身全体を見ないといけないし、会社の経営に関わってくるので、会社の外側=世の中の情勢や市場の動きなども知ってなければならない。会社の中も外も、違う空間を両方同時に見ないといけないのですね。大きな会社になればなるほど、見ている空間が広いのです。
さらに、その中で成績を上げようとすると、商品が世の中に認められ、信用が付かないといけないし、その世の中(市場)も、日本なのか、世界なのか、そういった広い空間と、いかに共鳴できるか、響き合えるのかがテーマになります。

こうなると、「私が私が」なんて言ってられなくなりますし、平社員の時と比べて常識も視点も変わります。また、当然のように会社の代表としての考え方や、日頃の振る舞いや態度=「あり方」が問われるようになります。たくさんの人と響き合うこと、広い空間といかに響き合うか、その為に、どう「ある」か、が大事になってくる。小さな自我の領域を超えないとそこへは行けないのです。

コネや権力で無理やり出世した場合はどうなるか。大抵は無茶なトップダウンとか横柄な態度で摩擦が起き、どこかでうまくいかなくなるんじゃないでしょうか?ネット社会になってから内部告発や炎上騒ぎも多く、もう一昔前みたいに力で隠ぺい出来なくなってきていますよね~。

5次元的意識とは!?

サラリーマンを例にして、イメージを膨らませてみましたが、すごく簡単にまとめると、5次元的意識の状態というのは「私が」という自我が外れた状態で、周りの空間と響き合えるような意識の状態になります。
客観的視点を持てるようになって、意識できる空間が広がったり、そこでのハーモニーを意識できるようになると、そういう状態に入って行きやすくなるのかなと思います。

例としてサラリーマンを出しましたが、大会社の役員じゃないとそういう意識になれないという訳ではありません。f:id:cafe-dining-sala:20191210005445j:plain

家庭という空間で響き合えるというのも非常に大切な事ですし、小さなコミュニティーや地域、人によっては植物や自然と響き合うアンテナを持っていたり、鉱物やモノと響き合える感性を持っている方もいらっしゃると思います。人それぞれ、適材適所で響き合えれば良いのではないでしょうか。

私は、人が必ず帰ってくる場所で最小単位のコミュニティー・空間が「ファミリー・家庭」だと思っていて、そこが変われば全てが変わっていくんじゃないかと思うようになりました。そして、その空間の軸は「お母さん」だと思うので、たくさんのお母さん方にこういう事を知っていただけたらと思っています。
そして、響き合う為に大事なのは、どんな意識でそれをやっているのかがその人の日頃の振る舞い・態度に現れる「あり方」であるようです。
おそらくここから、信用や信頼、安心感の輪が出来ていくんじゃないでしょうか。

伝説を作られたような大経営者の本とかは、やり方やテクニックというより、大きな視点での話や、人としてのあり方、人生の格言みたいな深~い事が書かれていたりしますが、やはり意識の次元が違ってくると、そういうところを大事にされているようです。そして、そういう人ほど、謙虚で丁寧なお人柄だったりします。

 

いつ、どんな時でも、常に丁寧で配慮深く、広い空間を感じながら・思いながら行動できる、その「あり方・態度」の出来る方で、誰もが知っている方はというと、おそらく国家の為に、ご神事ならびにご公務で飛び回られている天皇陛下なのではないでしょうか?
ご神事というと分かりにくいですが、ほとんどは国家の安寧(無事で安らかな事)や五穀豊穣などのお祈りや、感謝の儀といったもののようです。その為に人生を掲げられているのが日本の象徴である天皇陛下です。これは誰でも背負えるものではないと思います。
そうして見ると、日本は「祈りと感謝」の国なんですね。

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そういうものを文化として連綿と伝え育んできた。
そのいちばん身近なものが「いただきます」と「ごちそうさま」なのかもしれません。
この食べる前の儀式!?日本では当たり前かもしれませんが、海外では驚かれるそうですよ。

なんか、読んでみて、分かったような、分からないような…。
という方もいらっしゃると思います。
次回はもう一つのヒントになる「5次元的意識の人の幸せ感」について書いてみようと思います。ここでは違いが顕著に出てくると思います。




意識の起点が大事!3次元的意識、4次元的意識、5次元的意識、アナタは今どこにいる!?

自分の意識の軸がどこにあるのか!?客観的に見てみましょう!

注)一般的に言われる「次元」の概念と、ここに言われる「次元」は解釈が異なると思いますので、堅苦しく考えず、感覚でお読みください。

3次元的意識の状態って?

アナタは、今、どこにいますか?
例えば→「●●市▲▲町の自宅の自分の部屋」…その通り!普通に当たり前の回答なのですが、これは3次元的な答えということになります。

普通、そういう風に聞かれたら、その場がどこで、何があるか、家があって、壁で仕切られた部屋があって…と「物質」に焦点を当てて表現をします。目のピントも自然に「物」に焦点が合います。
これが3次元的意識の状態物質や物に意識の軸がある状態です。
みんな3次元的な肉体を持って生きているし、これが当たり前、当然で、3次元で生きて活動するためには必要不可欠です。

ただ、この意識の状態は、モノに焦点が当たって、そっちに意識が行っているので、周りに見える物質・モノに囚われやすくなり、モノを基準に思考し感情が動きます。

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例えば、周りに物がたくさんあると幸せを感じたり、満たされてる感がありますが、逆に物が不足すると、不安になったり、不満が募ったりします。
また、そういったものを手に入れる手段である「お金」に固執したりします。

お金をたくさん持つこと=幸せ、お金がない事=不安・不幸…みたいな意識の状態はベタな3次元的意識の状態と言えるでしょう。
何によって満たされた感があるのか?を見てみると、どこに焦点が当たっているのか見えてきます。

4次元的意識の状態って?

4次元はどうかというと、満たされたいと思った時、物質的なもので満たされるのが3次元ですが、それ以外にも違う満たされ方があります。目に見えない心の部分、心理的に満たされたいという欲求が人間にはありますよね。

認められたい、愛されたい、癒されたい、必要とされたい、受け入れて欲しい、わかって欲しい、優しくされたい、などなど…

感じる事だから、明確な基準や形が無く、伝えにくいし、分かりにくい…。
だから、なかなか相手や周りとのピントが合わず、「なんで~(泣)」と、悶々とする訳ですが…。
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こういった目に見えないけど確かに「ある」心理的意識に焦点が当たっている状態を、3次元と区別して、4次元的意識の状態としておきましょう。

まぁ、これも当たり前と言えば、当たり前な感覚でしょうか。
こういった中で、嬉しいとか、快感とか、悔しいとか、悲しいとか、寂しいとか、いろいろ感じながら、日々過ごしていく訳ですが、当然、感情の起伏が出てきます。

嬉しい事ばかりならいいけど、つらいことも結構ある…。
つらいことが続くと、心の欠乏感がどんどん膨らんでくる…。
なんとか「私」を満たしたい、満たされたい…という意識が強くなると、感情が過剰に出たり、なりふり構わず強引な言動が出たり、周りとの摩擦やトラブルが起きやすくなります。

こういったことが複雑に絡み合い、社会的なドラマを作り出しています。TVのドラマとかもそうですよね。

このドラマの裏側にある心理をひと言でまとめると「承認欲求」ということになるかと思います。
みんな「私が認められる為に何をすれば良いのか!?を一生懸命考えてやっている。
「私が」という自我的意識が強くなると、当然、周りとうまく共鳴できなくなり、摩擦が起きやすくなります。

ほとんどの人が、3次元と4次元の意識をウロウロして、ループしている

みんな何かで自分を満たそうとして、物を買ったり、心の隙間を埋めようとしたり、認められる為に努力をしたりするのですが、幸せを感じることはあっても一瞬で、なかなか完全に満たされることはなく…。

常に何かしらの欠乏感と不安感を抱え、それを補うために一生懸命生きるのですが、結局、満たされず、気が付いたら歳も取り、こういうのが当たり前なんだと思い始める。

こうなると、満たせるところで何とか満たし、他のストレスのはけ口をどう作るかの人生に…。

こういう意識の状態をグルグルしていたら、気が滅入りますよね。
無いものばかり追いかけていても幸せになれません。
つまり3次元・4次元の意識に軸が立っていると、うまくいかなくなります。

なんとか意識の起点を、次の領域にシフトさせたい訳ですが、ここから抜け出すには、この領域から出るには、どうしたら良いのか!?

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それには発想や視点の転換が必要になってきます。
次元が変わるということは、常識が変わるということ
次回はこの次の領域である5次元的意識について書いていこうと思います。

つながる感覚を体験する「あいき」ワークショップ  次回は12/9

「あいき」とは

元々は、キリストが伝えた活人術の1つで、技を継承したスペイン人神父様から、天才物理学者で合気道家でもある「保江邦夫」先生に伝わり、冠光寺眞法愛魂(あいき)道として創始されたもので、空間やその人・周りの人の深い部分に繋がる技を、優しく、分かりやすくしたものです。武道の合気道の本質にも通ずるところもあります。

 

「あいき」ワークショップについて

心と体が緩んだり、自分や相手と繋がった「感覚」を体験する、二人一組で行うワークショップです。

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座学や知識では得られない「繋がった時の感覚」を体感していただきます。これを繰り返し練習することで、自分の「感性・感覚」を深めることが出来ます。

最初はフラワーレスタッフが、ひとりひとりに「あいき」の状態で繋がっていきます。

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仰向けに寝てもらった人の、首の下に手を入れて起こそうとしても、腕一本の筋力ではなかなか起こすことができません。さらに、起こされないように抵抗されると、本当にびくとも動きません。が…

 

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「あいき」の状態になって繋がると、筋力ではびくともしなかった相手が、いとも簡単にひょいッと起き上がります。
「!?」「ええっ!?」「うわっ!?」と皆さん、予想外の展開にビックリされます。
中には、繋がりだした時に「あぁ…力が入らなくなってきた…」という方も。

これを続けてやっていくと、皆さんの身体並びに意識が、ゆるゆる、ふわふわ、ぽかぽかしてきて、だんだん開いてきます。
そうすると、その空間に「場(共鳴場)」ができて来ます。

そして、共鳴場の中にいると、最初は??だった方も、ワークが進むにつれて、だんだん出来るようになっていきます。見えないですが、場・空間の力は非常に大きいのです。

繋がれる人が増えてくると、場の氣・エネルギーが上がるのが分かります。

これはイベントなどでスタッフ同士の思いが共鳴して響き合っていると「場の空気感が良くなる」にも似ています。


あとは、どういう状態で繋がっていくのか、ここがポイント!「あいき」の「あい」は「」なのです。と文章で書いても「分かるような気がする」だけで、ピンと来ないかもしれませんね。


それもそのはず。愛は理屈じゃなく、感じるものだからです。ワークショップの終わりには、皆さん、どんどん開いてきて、すごいエネルギー空間になっていました。


こういうのは体感してみないとわかりません

体感してみたい方は、毎月ワークショップを行っていますので、ぜひ、参加してみてください。

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繰り返し練習していくと、その感覚を身体が記憶していきます。頭で覚えたものは忘れますが、身体が記憶したものは忘れませんので、一生の財産になります。
また「感性・感覚」が深まると、今まで気付かなかったことが感じられるようになってきたり、物事の深い部分や本質を感じられるようになります。


こういう「感覚」は、癒しやヒーリングなどのお仕事では非常に大事になると思いますし、家庭ではお母さんが知っていることで、いろんなことに応用できると思います。

このワークショップの目的と目指すところ

まずは、繋がる感覚や、身体がゆるんだ心地よい場を感じてもらう事。また、それを自分で再現できるようになってもらいたいです。
これをいつでも再現できるようになると、その人の周りが、心地よい・癒される・心と身体が緩む「」になってきます。(愛の空間とでも言いましょうか)

場の中でも、特に必ず帰って来る「家庭という場」はとても重要!!その軸である「お母さん」には、ぜひ知っていただきたいと思っています。

そして「家庭という場」が変わると、そこにいる家族が当然変わってきます。

さらにその先、家族にご縁のある場が、素敵な空間になっていく…そんな空間の創造を目指して…。

また、自分の深い部分にも繋がっていくようになるので、人生の意味や本当の目的に気付き、神ながら(大きな流れに全宅し、その中で、全体の一部としての自分の特性を活かしながら、囚われ無く、出来ることをして今を生きること)の在り方にも近づけると思います。


興味のある方は、ぜひ、体感してみてください。
次回は12月9日の10時~12時過ぎの予定です。詳しくは 





 

イノシシの襲撃とサツマイモの収穫

サツマイモができた~❤

少し掘って様子を見たら、結構大きな芋ができていたので、収穫作業をすることに~♪

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もみ殻やたい肥をすき込んで土づくりしていたおかげか、土が柔らかく、掘りやすかった!!

次々に掘っていくよ~

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思っていたより大きいサイズが多い。もう少し早い時期に掘ればよかったかな。
大きいやつは主に加工用かな~、天ぷら、スイートポテト、ムースなどなど~❤

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隣の畑はイノシシが来ていた!!

サツマイモの畑は電柵をしたいたのでよかったけれど、隣の電柵をしていないハーブ畑にイノシシが侵入してえらいことに…

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いったん掘り起こして、次を植える準備をしていた所が、耕されて!?いました。

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イノシシはミントとか香りの強いものは苦手だと聞いていたが、植込みのハーブはひっくり返されていない模様。とりあえず、被害は最小限です。

一匹ではなさそう。稲刈りも終わって、田んぼの畦とかを掘り起こしていたヤツが、畑に回ってきているようだ。
対策をしっかりしておこう。

 

これからの子供の教育について~大人編~

<毎月行っている無常識の会より>

教育は常に時代遅れ

教えるプログラムを作る大人の価値観が一世代前だから、常に一昔前の価値観を刷り込むようになるのも必然なのか?

都合の良い子供に仕立て上げるのか、創造性豊かな子供になっていくのか?

くだらない校則問題なんかも取りだたされているが、どこに主眼を置いているのか?
PTA?世間の評判?子供?
型にはまらないと発達障害のレッテルが貼られたり、学級崩壊や不登校が問題化しているが、どの視点から見た型なのか、そもそも学校が面白くないんじゃないか、とか、もう、視点を変えなきゃいけない時期に来ているんじゃないだろうか!?

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                                                                             <イラスト 大岡 愛さん Thankus !!>

いちばんの教育はおもしろいことやってる大人に会わせる、いろんな体験をさせることだと思う。

早く大人になりた~い!!という子供がどれくらい出てくるのか。
私の時代は、大人になりたくない子供が多かったような気がする。
(大学出ても就職が少ないバブル崩壊後の閉塞的な時代だったからな~)

視点・考え方・意識を切り替える必要性がある

教育も社会もそうだが、くだらないことにがんじがらめになっていることが多い。

災害支援でいろいろ動いていると、本当に融通の利かない事が多い。昭和●年の法律が壁になっていますとか、マジですか??と思うことも…。行政を通してやろうとすると、前例がない・仕組みがない・今までの枠組みでやると調整・会議が必要とか…。

だから、一般の任意団体の一員や、個人として、ご縁や繋がりがある所にリアルタイムでの支援や活動を心がけてきたけど、常に現場は変化していて、臨機応変な対応と、先を見越した創造力が求められたりする。こういうことはマニュアル人間では無理かも。

変な言い方だけど、正しさは、時には正しくない事がある。

「これは正しい、今までそうだった」が通用しなくなりそうな時代において(特にAIは大変化をもたらすでしょう)、いかに今までとは違う自由な発想が出来るかは、子供よりも大人の方が大事な課題と言えるかもしれません。

だって、子供はもともと自由だから。
枠にさえ嵌めなければ自由な発想ができるだろうし、大人では考えられないことをしたりする(笑)しかし、そこにヒントがいっぱいあるかもよ。
これからはむしろ、子供を見て親が学ぶ時代になるかもしれませんね。

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常に、新しい領域に意識のアンテナを向けておきましょう!
今までの常識というフィルターで排除するのではなく、新しい試み、体験をしていきましょう。常に常識的で正しい大人である必要はないと思います。いっしょに体験して、いっしょに失敗してもいいんじゃないか?

大人も子供もいっしょに学んでいけば良いのではないかと思います。

 

女性性の時代、さて、何をすればいい

これからは女性性が大事な時代になる!

と言われている方も多いようですが、では、何をどうしていけばいいのでしょうか?を私的視点で書いてみようと思います。

あくまで、私的視点の話ですので、これが正解とか、そうじゃなければ間違っているとかいう話ではありませんので、そんな見方もあるのね~と、お気軽にご覧ください。

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                   <イラスト 大岡 愛さん Thanks !>

社会構造が変革中!!

経済重視の西洋型思考が浸透し、合理化、効率化が推し進められ、その中で優位性や利権を争い奪い合うのが当たり前となってしまった社会構造は、極めて男性性の強い状態と言えると思います。支配するかされるかの縦型構造。今や、内部暴露は当たり前!?出し抜き合いや騙し合い、トラップだらけの、洗脳だらけの世の中となった…。

ただ、こんなことを批判・攻撃したところで仕方ない。誰かのせい、国のせいとかにしても仕方ない。

まぁ、時代の大きな流れです。そうなってみて、これはアカンと分かったことがある。男性性的な社会構造も体験してみなければ次に進めなかった。両方体験してみないと、それを統合・融合させた新しいもの・進化したものが作れなかったのかもしれない!?
となると、全て必然の流れ。
もともと女性性文化の日本(縄文とかもそうですよね)で、両極を融合できる感性を持っているのが、日本人の特性かもしれません。
(新しい時代が日本からという人もいますが、あながち外れではないかも)

現在、合理化・効率化といった男性性の極致のようなAIが発展し始め、インターネットを介し世界中の情報を集めたビッグデータの解析を元にした、ある意味異次元的な変革が起ころうとしています。あの世界的企業のトヨタでさえもGAFAの傘下になる可能性を否定できない。お金の動きも全てお見通しになるでしょうし、管理職もいらなくなる!?…と、今までのどんどん常識は崩壊していくでしょう。

そうなると、利権だ権力だ的なものを使って無理無駄ムラを作り私腹を肥やしていたような方々は一掃されるでしょうから、そこは流れにお任せ。


そんな中、何をどうしていけばよいのか?

簡単に言ってしまうと、女性性文化の復活。
所有から、シェアという発想が出てきたり、家族を超えた繋がりやコミュニティーがどんどん形成されてきたりと、その形跡は広がっているようですが、これからは、その中で、わびさび、感性・感覚の深さ、奥行きの凄さをどんどん形に現わしていくことが大事になってくるのではないか。

 

ある意味、3次元的ではない、異次元的な、もの・文化・空間創り
女性性・右脳の極致を目指す。そのうち超能力が開花するかも(笑)(でも、超感覚的なものは、みんな知らないうちに使っているんですよ。気付いてないだけ
要は機械には出来ない事をやるのだ。
AIが、何それ?スゲー!となるような。(そう判断できるか分かりませんが(笑))

そんな趣のあるもの、おもしろいものをどんどん作っていく。使えるもので便利なものはうまく使えばいい。シェアという感性も、多様なコミュニティーも、インターネットがあることで広がった。

ただ、そういうおもしろいものを作っていくには、感性・感覚が必要。
そして、それを養うには体験が大事

日々の中で3次元を超えた領域を感じてみる!よ~く観察してみよう!!

見えないけど「ある」氣・エネルギーの世界
私はある程度「氣」の感覚が分かるので、そこに重点をおいて料理のお仕事をさせていただいているのですが、「氣・エネルギー」の入った「食」は人にしか作れない。そこに人が関わる価値があると思っています

まぁ、作り手の思いなどにもよって、良くも悪くも氣が入るのですが、そういったことを意識しながら作ってみる、食べてみる、感じてみる。これは日々の食卓で出来る事。

お母さんの愛情のこもった料理というのは大事。それを囲んでの団欒のひと時というのは、心と体が緩んでエネルギーを補給できる最高のパワースポットとも言えるかもしれません。

また、工場などで作られる「食品」は見た目はそこそこで味は均一だけど、どうもエネルギーを感じない。工場生産野菜も無農薬かもしれないけど氣が感じられず貧弱です。


そういうのを感じながら食べる、そういうを感じながら自分だけでなく家族の状態も観察してみると、意外とおもしろい反応をしているかもしれませんよ。

 

今、食卓というの氣・エネルギーという視点で見ましたが、もう少し空間を広げて、家庭というを見てみましょう。

部屋は心地よい空間になっていますか?こういう空間作りは感性・感覚の優位な女性が得意ですね!「あ!これカワイイ、あ!これステキ!!」というものを買って来て部屋に置いてみたり。これは感覚で(無意識に!?)心地の良いもの・テンションあがるものを選んで自分のエネルギーが上がる空間を創り出しているのです。


それをダンナが見ると「また使えないもの買ってきた、それどうすんの?」とぼやいたりする。理屈で機能性とか使えるか使えないかを考える3次元的な男性脳で見るとそんな感じです。なので、家庭という空間の軸はお母さんかな。家族を感じながら、それぞれの空間を見てあげてくださいね。

あと掃除をすると氣が変わります。気持ち良くなるでしょ!そういう気持ち良い、心地良いという感覚を軸にやっていけば間違いないと思います。

氣やエネルギーが分からないって言うけど、みんな、気持ちいいとか、心地いいとかって無意識に感じているんですよ!「それって、氣・エネルギーだから」

まずは、そこを意識して感じながらやってみてください。感覚が深まりますから