まなたま日記 人生転換のひみつ

今までとは「違う人生」を生きる為の知恵袋

無為の力と有為の力 奇跡を起こすのはどっち?

無為とは…

意図しない、ある意味考えない、宇宙や自然の営み・流れに沿った状態、生き方なのかなと。無為自然と言われた先人もいらっしゃいました。

 

宇宙や自然の営み、その流れを感じながら・乗りながら、自然体で生きる。ある意味宇宙と繋がって生きる。縄文時代はおそらく、そういう文化基盤を持っていたのではないかと思われます。

 

その流れで生まれた現象、知り得た情報、知識などを結び付けて、お互いが響き合うように活用する「智恵=叡智」を生み出し、新しいものを作り出した。これが創造。

 

この創造が次々と新しいものを生み出し、それに伴って進化と拡大を繰り返す=宇宙の拡大

 

宇宙の営み(本質)に沿うと、そのダイナミックな流れやエネルギーが流入してきて活性化する。
また、呼応する次元(高次元)の法則が発動して、物事が起きる。

 

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縄文時代は意思疎通のための文字を持たなかったようだ。
だが、争いの跡が出なかったり、お互いを思いあっていたようであり、意思疎通が出来ていた。それぞれが何かしら繋がっていて、そこを通してツーカーだったのだ。テレパシー的やりとりと言ってもいいかもしれない。

 

と考えると、縄文は現代よりクリアーな文明だったのかもしれない。おそらく、今の常識ではあり得ない事が普通だったはずだ。テレパシーとか使えればね、そりゃ…。

 

無為中心の時代から激変!

ところが、その宇宙・自然との繋がりから、切り離される事態が起こる…。

人類史を研究したサピエンス全史という本には約7万年前に認知革命なるものが起き、今のホモサピエンス(賢い人類というような意味らしい)が誕生してから、大きく変化した、というようなことが書かれている。

 

その時に起きた変化をザックリ書いてみると…

 

ネイティブな人たちは寝ている時の夢や、感覚的直感でインスピレーションから情報を受け取ることがあるらしいが(例えば、食料が必要な状況の時に、獲物がいる場所の夢を見たり、木の実がある場所が分かったりするなど)、おそらく縄文人はそれが普通だった。

 

ところがそこに、今までしなかった発想や認識をする者が出てくる。

例えば、獲物がいる場所や木の実が取れる場所などの情報が、もしこの先来なくなったらどうしよう…(-_-;)みたいな妄想をする奴が出てきた。

 

今まで、地球にフィットしながらインスピレーションを受け取りながら生きているのが当たり前だったが、考え出すと妄想と不安がどんどん膨らんでいき…大きな不安はそのうち恐怖を生み出した。

 

これは、ヤバいかもしれない…!?どうしよう、もしそうなってしまったら死活問題だ!!どう対処したらよいか?などと思考を繰り返しているうちに、「まだ現実に起こっていない事態(妄想)や、そこから来る不安、恐怖」の事ばかり考えるようになり、そっちにリアリティーを感じるようになってしまった。

まだ起こってない事態、妄想、架空の事象、つまり「フィクション」にリアリティーを感じ、信じるようになり、それに対して行動・思考するようになってしまったのだ。

 

知識と知恵で思考する有為の時代へ

 不安、恐怖に囚われた思考中心になると、宇宙・自然と繋がらなくなって、本当に情報が来なくなった。

そうなると、今まで得た知識、情報などを頼りに、分析、思考して、目の前の事態に対処しなければいけなくなった。

 

持っている情報を頼りに、より優位・有利な状態を確保するべく動き始める。 持っている情報や技術が多いほど有利だ。逆に情報がない、分からないということは、さらに不安や恐怖の種になった。


過去に失敗体験などがあれば、それが頭をよぎる。その不安や恐怖を回避するべく、思考を巡らして、少しでも優位に立てるように策略、嘘、みたいなことも言ってしまうようになる。

 

そして自分の都合や立場を優先する人が多発した。そして権力を握る人も出てくる。そのような人が増えたら、どんどん、いろんな意図や策略的情報、誰かの都合が世の中に満ち溢れるようになった。

 

複雑化する世の中…ほとんどが誰かの意図に満ちた、有為・有意の世界。

何が本当で何が嘘か分からない虚構?のフィクションワールドの完成である。

そんな中で、自分の優位を確保するために争いを繰り広げている!?

 

その延長線上が現代社会である。

 自然の営みに沿った、また宇宙法則に沿った有為(創造)もたまにはあるかもしれないけどほとんどは、それに沿わない架空の情報=虚像、つまり虚の世界とも言える。

 

発信する側の都合、不安、恐怖、嘘、自分の正当化

そこに受け取る側の心理が反応して、妄想が暴走!?
虚の世界を拡大していく…。

 

溢れんばかりの情報社会。

仮想情報空間まで生み出した。

フェイスブックツイッター、ブログなんかも、それに入るのかな)

そして、それぞれが妄想を膨らませて感情的になって書き込めば、炎上騒ぎである。

 

今はそんな世の中。

 

意図や戦略で一時的に成功することもあるかもしれないが、それを継続させるためには、意図・戦略・策略を打ち続け、疲労やストレスで落ちたエネルギーはどこかから奪うか調達してこないといけない(宇宙の流れ・法則から外れると、そこからのエネルギー流入がなくなりますから…)

 

これってどこかで、崩壊しますよね。

奢れるものも久しからず。盛者必衰の理を表す。今、そのサイクルも非常に早いです。

 

世の中のベース自体がそんな状況なので、そこから得た知識・情報で考えて判断している状態では、真実や本質に沿ったものを見抜く、またはそういう情報を得る事は、非常に難しくなってきた!?

 

ある意味、今ある常識の中には、真実や本質に沿ったもの、自然の営みや宇宙法則に沿ったものがほとんど無いと言えるかもしれません。

 

そんな中で、本質に触れるにはどうしたらいいか、その入り口とは…!?

 リアルな宇宙の営み、地球の営み=自然に触れる。
知識・情報からそれを理解・判断するのではなく、そこから感じるものを大事にする。

 

自然に触れる、感じるイベントやってます。

www.facebook.com

フラワーレではそういうテーマの元、自然を感じる企画を毎月やってますので、よかったらチェックしてみてくださいね~

 

また、その他にも、常識外の奇跡を起こしていて、再現性があるものなどは、宇宙法則やその営みに沿ったものである可能性が高いです。


体感できる・リアルに感じられるものだと、なお良いでしょう。

その感覚は、本質に沿って生きていく為の軸になります。

 

私は保江邦夫先生 に出会い、愛魂を教えて頂いて、大きく人生が変わりました。愛魂(あいき)は無為の力を使います。稽古ではそこに繋がるおもしろい練習をします。
フラワーレでも、その初歩の部分をお伝えさせていただいてます。興味のある方はお問い合わせくださいね。(愛魂についての説明はまたの機会に譲ります)

 

ただ、奇跡と言っても様々なもの(怪しいものも)ありますから、そこは吟味してくださいね。

 

エネルギーを吸い上げるとか、依存させるとか、不安を煽るとか、不安やトラウマを解消するとか…。

焦点が当たっているところを見ると、どこに繋がっているのか、どのワールドにいるのかが分かりますから。

 

ただ、それを体験したからこそ分かるとか、まずはそこから体験したい人もいるかもしれませんし、それはそれで良いと思います。

 

存在しているということは存在理由がある訳で、必要がなくなれば、自然と消えていくと思うし、そこに良い悪いは無く、必然があるだけなんだと思います。

感じる生き方

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言葉で伝えようとしても、うまく伝わらないものがある。

頭で理解しようとしても、分からないこともある。

しかし、大切なことは、うまく表現出来なくても、頭で理解できなくても、感じる事は出来る。

 

愛、優しさ、大切なもの、奥深いもの…
そこに行くほど、形のないものになる。

非物質、感覚、エネルギーの世界

 

そもそも、そういうものを、左脳的に言葉や理屈で100%説明することは不可能なのかもしれない。

 

それでも人は分かろうとする。
言葉の意味や、活字の情報を「理解」しようとする。

 しかし、「言語の意味」を追っている限り、その奥にある本質にはなかなか辿り着けない。

 

そりゃそうだ。そもそも、活字、言葉なんて非常に狭い範囲しか表せない3次元的な表現なわけで、それを取り上げて、理屈をこねくり回したところで、表面の薄っぺらい一部分としての理解しか得られないのだ。

 

素晴らしい景色を見て感動したとして、「それを全て分かるように言葉で表現しろ」と言われても、そんなもの無理である。

 

そういうものを取り上げて、良い悪いとか、正しい間違いとか、自分の周りにある情報や今まで得てきた知識経験を基準にして、比較や批判などを繰り返していると、どんどんドツボに嵌っていく…。

 

非常に狭い範囲での意味とか理解に囚われて、それが正しいとか自分の価値観だと思うあまり、それを守る為の争いなどを始めるのである。

 

表面的な意味合いに囚われると、大切なものが見えなくなったり、周りが見えなくなってしまう。もう、そこは卒業しましょう。

 ブログや本なども、言葉や文章の「活字の意味」を追うのではなく、その奥にあるものを感じることを心がけてみましょう。

 

正しい間違いはありません。それをそう感じたアナタがいるだけ。

 

自由に感じればいいのです。同じ言葉を見ても、その時のアナタの状態によって感じ取るものが違うということもあるでしょう。それでいい。

(読むたびに、さらに奥深い意味が見えてくる、いろんなものが感じられる本というのは名著なんでしょうね。)


今のアナタや、そのアナタが大切だと感じる事を大切にする。

そこがまず基本ですよね。

 

あとはそこを深めていくと、見えてくるものがあります。

なぜ、そう感じるのか。

心が反応するのもを並べて客観的に見てみると共通項が!?

 

気付き方、やり方は、いろいろあると思いますからご自由に。そのうち、ハッとひらめいたり、強く感じたりするようになりますよ。そうなればチャンスですね。

 

まずは感じることがベース。

感じたことを、持っている知識やゲットした情報と照らし合わせて、「これってそういう事だったんだね!」というのが、腑に落ちるということですよね。

感じてることが先なんだよ。

 

ちなみに、その場で理解できなくても、分からなくてもいいんですよ。
あとで分かる・腑に落ちることもあれば、分からない=左脳的理解の範疇を超えていることもあります。でも、それはそれでよし。

 

分からないからダメとかいうことはありません。大事なのは、分からないということを受け入れる事。

 

理解できるかできないかにこだわって、分からない事を排除(受け入れない)すると、物事は理解できる範囲内でしか回りません。自分でそういう選択をしているのですから当然です。思った以上にはならない世界。

 

しかし、分からないということを受け入れることができると…

感じるものはあるけど、よく分からない→理解の外にあるモノも、受け入れる→理解の範疇を超えたものも引き寄せられる。

つまり、あり得ないこと、予想だにしなかった流れがやってくる…なんてことに繋がります。

 

知識、情報、常識をベースにした「理解という枠」に自分を当てはめようとするのか、自分の感覚・自分軸をベースに共鳴できるものを見つけながら、どんどん枠を飛び越えていくのか…。

 

世の中には、本当に溢れんばかりの情報がありますが、そっちに軸を置くのではなく(惑わされますので)、自分の感覚に軸を置いた上で、情報も物もお金も、あるものは上手く活用していきましょうね。

 

感じるんだ!そして活かせ!(笑)

 

人生は、活かすか、活かすかしかありません(笑)

自分や周りにあるものを活かしていった先に何が見えてくるのか!?

楽しみですね~♪

人生のステージその②


人生のステージからの続きです。

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人生には、いろんなステージがあり、その中のどれかを自分で選択し、そこに存在している。

それぞれのステージに学びがあり、おそらくそれをクリアーするため、進化するために、そこを選択しているんだと思います。

 

その選択に良い・悪いはないのかもしれません。その環境に生まれるというのは、3次元的現実から見ると「選べない」し、魂の世界から見ると「選択して生まれてくる」ということになります。

(見る角度でぜんぜん考え方変わりますよね~)

 

そして、周りにある環境や、発生する出来事、触れられることの中に、いろんな答えや法則がちりばめられている。

 

「自分が共鳴できること、納得できること」を基本的には答えとして受け取りますから、滞在しているステージによって答えが違うということになります。

掴む答えや本質、法則にも段階があるのかなと。

 

それにも良い悪いはありませんそれぞれに必要な学びですから。

 

人生いろんなステージがあります。例えば…

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●生き残るステージとか…日本ではまずないと思いますが、飢餓や戦乱に巻き込まれている地域などでは、まずは生き残ることが命題になります。(そこに生まれるのも、魂の選択かもしれません)もっとも過酷な環境で何を感じ、何を学ぶのか…

 

●生活を安定させるステージとか…

生き残ったら、その次はどうしていくのか?生存から安定への過程で様々な選択に迫られます。自分の事なんて言ってられない状況も多いかも。その中で、どう生き抜いていくのか…周りに翻弄される中での学びが多いかも。

 

●自分を確立するステージとか…

「私」という主観的視点で、自立するまでの過程で様々な選択や努力や経験をします。主に社会と関わっていく為の自分作りをしますが、社会的情報と自分の本質との間で葛藤したりします。周りの環境・社会が安定していると自分を見つめる時間が増えます。自分を見つめながら何を学ぶのか…

 

●周りとの関わり、小さな集団(家族・仲間・会社の部署など)

自分と周りの人間関係の中で何を学び、何に気付くのか?自分の立ち位置や役割が見えてくるかも。

 

●コミュニティーステージ…

もう少し広い範囲・人数に関わる活動。サークル、社会活動などの中で、どんな立ち回りをしていくのか。自分プラス周りの人たちで何を作り上げるのか。

 

●生活する場や環境など、生きる場に関わるとか…

地域や国、自然環境など、生きていく場について、それらとどう関わっていくのか?

どんな地域、国、環境、空間を創り出していくのか。

 

などなど、例として挙げた以外にも、いろんなステージがたくさんあると思います。

 

また、ちょっと3次元的ではない見方をすると…

●社会・集合的無意識に関わる場とか…

人の意識の間で創り出される空間のエネルギー調整

これも小さな範囲~大きな範囲までの段階があるのかな。

 

●地域、国、地球のような大きな場・空間(存在を支える場・空間)のエネルギーバランスの調整とか…

まず空間がなければそこに存在することができません。地球がなければ地球人は存在しない→地球という場・空間が必要。その場のエネルギー調整など

 

そういった役割を選択してくる人もいるかも??

(あくまで例えば、ですから)

 

ステージをどんどん加速感を持って超えていくには!?

ステージが変わると、見方も、ベースになる常識も変わります。

そうすると、今までの理解の範囲を超えてくることが多くなります。

 

そんな時は「今までこうだった!私の常識はこうだ!」にこだわるのではなく、よくわからない(左脳的にはわからない=理解の範囲を超えている)ことも、受け入れてみるのが大事なのかなと。

 

最初はよくわからない、怪しく聞こえるかもしれませんが、なぜか気になるとか、なぜか同じような事が何度もあるなら、そこには必ず何かある!!これはの私の経験則ですね。

 

考えすぎない。(しっかり考えてもいいけど、感じることも大切にする時間を持つ!)表面でウロウロする心ではなくて、深い部分にある自分の反応に耳を傾ける。

 

私の場合は、自分の良心に聞いてみるとか、損得・効率・常識的な発想(通常頭で考えるとそうなります)の真逆の発想をしてみる→通常の発想とは違う視点から今の状態・思考を眺めてみる、ということをよくやりました。

 

そのうち、「通常の思考をしている自分」を客観的に眺められるようになってきたんですね。客観の視点が持てるようになると、「思考」以外の反応をキャッチしやすくなります。

 

あとは、深い部分の「自分」に従わずにやっていると、なんだかモヤモヤしてくるので、従わざるを得なくなってくる(笑)

 

自分の本質に正直に生きるのか、嘘をつきながらストレスを抱えながら生きるのか…。

 

ま、100%正直にって難しいかもしれないけど、少しでも自分の本質に正直な時間・空間を持つようにはしたいですね。それが自分を進化させてくれるような気がしています。

人生のステージ

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人それぞれに人生のステージがある

一つの言葉を聞いても、それぞれ受け取り方が違うのは、そのステージ・段階から見た答えを見出すからではないでしょうか。

 

最近、神話やパワースポット、また達人のお話に触れたりして、その背後に浮かび上がってくるものとかを「おお~、そういう事なのか~」などと、キャッチすることも多いのですが、それも僕の今いる「ステージ」から見えた答えなのかな~と思って受け取っています。

 

いい、悪いとか、正しい、間違っているではなくて、自分のステージに合った、自分に必要な答え。

 

なので、こういうこと話していると、違うステージにいる方は「意味がわからね~」と思うでしょうし、同じようなステージにいる方は「そうそう、わかる~」と共鳴される方もいらっしゃるでしょうし、上のステージにおられる方は「それも大事だね~、ま、頑張って~」と思うかもしれない。

まぁ、それはそれで好きなように受けとっていただければいいのかな~と思う次第です。

 

最近、「神話を超えろ」的なメッセージを受け取りましたが、「どういう事?」とやると…

 「謎解きは面白いかもしれないが、それは目的ではない」

 

「そこに隠ぺいされた真実ではなく、伝えたかった本質を感じ取ること・知ることが大切だ。そして、それを使いこなして次のステージへ進化すること、新たな創造をしていくこと、ここが目的」

 

「新たな創造はそのうち共鳴を生み、エネルギーは上がり、螺旋状に回転しながら、どんどん増えて拡大していく=宇宙の拡大につながる。これはフリーエネルギーの仕組みと同じ。宇宙にそのひな形がある」…らしい。

 

みたいなことがスルスルっと頭の中に出てくるわけです。

 

こんな感じのこと?が今までちょくちょくあって、正直、最初のうちは「何なのだろうか??」と思っていました。日頃そんなこと考えてないし、よく理解できないようなことがフッと湧いて出てくる…!?

 

そのうち、「まぁ、よくわからないけど、そうなんかな?」と受け入れるようになると、メッセージ?の内容を体感させられるような現実・現象が起こる!?的なことを繰り返すようになりました。

 

ちなみに日本神話といえば「古事記」なのでしょうが、これも800年代くらいに編纂されていて、どこまでが真実でどこまでがフィクションか分かりません。

まぁ、大体、歴史書なんて時の権力の都合が入りますし、最近は、中央集権的なシステムの時代より前のネイティブなエネルギーの方が活性化しているように感じますから、古事記の神話の神様や、神事などには囚われない方が大局を読めるのかなと思っています。

 

ここ数年はその加速感か半端なく(笑)、だんだんディープな感じになってきています(笑)

それに伴って、お付き合いする方たちも変わってきたり、パワスポや神社参りなんてほとんどすることなかったのに、そういうところに行く事になったりと、生活面も大きく変わり、自由度と不思議度(笑)が大きく上昇しました。

 

こうなると、流れにお任せするしかないのかな?とも思えるようになり…

 

あれあれ、人生のステージについて書いていたのが、横道に反れました。文章が長くなりそうなので、人生のステージその②で続きを書きたいと思います。次回をお楽しみに♪

豊かさって何だろう? それを形にするには…

思いは現実化します。では、最終的にどうなりたいのでしょう?


おそらく、出てくるワードは「幸せ」「豊かさ」ではないでしょうか。

 今回はその「豊かさ」にスポットを当ててみたいと思います。

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豊かさって何でしょうね?

人によって価値観も違うでしょうし、明確な定義が無さそうに感じますが、あえて書いてみると、これらが満たされている時になるのかな!?

 

<物的に満たされている>

●食糧、生活物資など衣食住に関するものが満たされている。

 

趣味、嗜好品などについて満たされている。

 

●教育や医療、衛生、その他インフラ(利便性)や住環境、自然環境などの周りを取り巻く環境が希望の条件を満たしている。


●それらを整えることが出来るツール「お金」をたくさん持っている
ただし、お金だけあっても、震災の時のように食糧や物資が無ければ機能しません。それらを手に入れるための手段ですので、完全な指標にはならないかもしれませんが、重要なツールではあります。

 

<心が満たされている>

●幸福感①(感じる幸福感…受身的

美味しい、嬉しい、楽しい、優しいを感じる時

 

●幸福感②(自らの動きによって生み出される…自発的

イキイキ感、ワクワク感、創造の喜び

 

●幸福感③(自分の本質との共鳴周りとの共鳴、自分を超えた広がり

心地よさ、繋がった感、ワンネス的感覚

人同士の繋がり、一体感(共鳴できる仲間との共鳴)


●そこから生まれる安心感心理的マイナスや不安がない状態)

 

これらが満たされていると「豊か」な状態なのかな。
(他にもあるかもしれませんが)

 

豊かな現実を創り出すには!?

まずは自分にとって豊かな状態をイメージしてみましょう。

あれやこれやと、たくさんイメージしすぎると集中できないので、どれかの状態に絞ってやった方が良いですね。

あと、欲張りすぎて「それは無理やろ、あり得んわ…的な」妄想は、無理で、あり得ない状態が具現化します。無理しすぎない程度から始めましょう。希望のちょっと先くらいが適度かなと思います。

自分または自分の周りがそうなっている状況をイメージできましたか?
イメージできたら、そうなっている時の体の感覚を感じてみましょう。

そして、現実的にそうなっていく為に必要な行動・動作をしていきます。あの感覚を感じながらするのが大事。

100%とは言いません。今よりもそっちに近い状態になれば、段々、そっちに近づいていきますから。(感覚を維持しやすい目標が良いですね)

 

形にはなっていないけど感じられるエネルギーの状態(未来)今の動き(現在)を繋げるのがポイントです。

 

ここで注意しなければいけないのは、不足しているところを補わなければとか、何とかしなければという意識にならないこと。

 

これをやってしまうと、無い…という意識・エネルギーの状態を発生させてしまいます。そのエネルギーがだんだん具現化してきて現象として発生しますので、結果、無い状態が次々と発生し、その解消に追われることになります。

つまり、不足を補わなければならない状況が発生し続けるということです。(思いが現実化したわけですね)そうならないように気を付けましょう。


そうなっちゃってる!?と気が付いた場合は、いったんリセットして、やり直しましょう。人生は生きていればやり直しがききますから。

 

安心感については、最初に追求しようとすると、不安や不足に焦点が行きやすいですから、他のものを満たしていった結果、安心感が得られた的な感じが良いと思います。

8/16倉敷市真備町 古民家再生WS現場にて炊き出し

今日は「Team桃太郎」さん主催の古民家再生プロジェクトの炊き出しに行ってきました。

「Team桃太郎」西日本豪雨災害翌日に立ち上がった家の再生ボランティアで、代表の方が古民家再生の大工さんです。

被害に遭った古民家を再生したいが、どうしたらいいか分からないという声があったらしく、今回、土壁の再生、組み方・ぬり方のワークショップを現地で開催されました。

 

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昨日に組み上げられた6畳ハウスの骨組み。
釘は使わず木材だけで作られていて、解体、組み立てができる構造とのこと。

 

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いったん剥がした土壁は土嚢袋に入れて取っておく。

それを水と混ぜて3日ほど置いて発酵させると粘土質になってくる。

 

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鍬で掘ったところの土の色が微妙に変わっているのが分かりますか?

これをよく混ぜて竹の枠組みに塗っていく

 

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昨日50名、本日35名ほどの参加があった模様。

 

浸水しても柱は大丈夫!!

こういうプロの方の話を聞いたのは初めてでしたが、とても勉強になりました。

真備はなかなか水が引かず、2日は水に浸かっていたため、内外壁、天井、床などと共に柱も結構ダメになっているのかと思っていましたが、浸かった家でも柱はぜんぜん大丈夫とのこと。

もともと柱になるような建材は、1年以上に渡って乾燥させているので、少々浸かっても表面が湿る程度で、表面の消毒だけしておけば問題ないそうです。(すぐに水を吸って曲がったり反ったりしてしまうのかと思っていました)

水に浮かべて乾燥させる!?水乾燥なんて行程があるらしい。海に丸太を浮かべているのを見たことありませんか?使い物にならなくなりそうですが、大丈夫らしい。

また、材木屋さんが、野外に材木を積んでいる(放置!?)してるような光景を見たことありませんか?普通、そんな事したら水吸って腐ったりしそうなもんですが、なんでその状態で平気で置かれているのかというと、しっかり乾燥させた材木は少々濡れたところで、表面にしか水が入らないというのを常識として知ってるから、とのこと。

 

あと、土壁を剥がした後を見てください。腐ってますか?と。水をたっぷり含んだ土を塗っているのに中の枠組みはそのままそっくり生きていました!!

昔の家って凄い。家全体で呼吸してるんですね。築100年を超えるような古民家が生きているのも(まさに生きている!)、自然と呼応してるからなのかもしれません。うん百年の木造5重の塔とかが現存してる国ですし…。

 

柱をそのまま使って、土壁などの再生をボランティアとかで出来れば、300万くらいは費用として軽減できるのではと主催者の方は話されていました。被災した方で費用的に厳しい方にとっては、かなりの助けになると。

 

今後、このような古民家再生現場も出てくると思われます。チーム桃太郎さんはボランティアさんの滞在できる仮宿泊所も用意されていますので、遠方からでも、今後、ボランティアに入りたいという方がいらっしゃれば、ページをチェックしておいてくださいね!https://www.facebook.com/TeamMomotarou/

本日の炊き出し

オマケのようになってしまいましたが、本日の私のお仕事(ボランティア)です

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野菜不足になりがちみたいなので、魚介の中華丼を。


付け合わせが、自家製きゅうりの醤油づけ、大根と人参のなます、かぼちゃと豆のサラダのワンプレートランチでした。

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flavare.com

無添加素材で愛魂をこめて!元気になってくれる方が増えたらと思っています。

共鳴現象から見た鏡の法則

共鳴現象とは、同じようなものが反応する・響き合う・引き合うみたいな現象のことを言います。
 

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気の合う仲間同士とか、好み・好きなものが一緒の人なんかは波長が合いますよね。

共鳴できると盛り上がったり、テンション上がったり、心地よかったりします。

(エネルギーが上がる、調和する)

 

例えば、絵画などの作品を見て、そこに「何か」を感じるというのも、自分の中にある何かしらの感性と共鳴して感じる訳ですね。

他の何かを見ているようで、実際は自分の中にあるものの反映を見ている。鏡の法則とですね。

 

それぞれの人が持っている感性・価値観などに照らし合わせてものを見ていますから、同じ作品を見ても、人それぞれ受け取り方が違うということが起きます。

そこから自分や他の人の持っている感性や価値観に気付くこともできます

 

この部分にこんなメッセージ性を感じるとか、こういう感じが好きだな~とか、それぞれの人の感性で、自分なりに好きなように(その人の共鳴できる形で)感じたり、受け取るから当然ですよね。

そうなると、共鳴できる人とそうでない人が出てくる

 

よりたくさんの人と共鳴できるに越したことは無いのですが、共鳴できなかったとしても、そこに良い悪いはありません。それぞれの人が持つ背景によって、見る角度、捉え方が違うだけのこと。そういう視点や捉え方もあるんだな~と受け入れつつ出来ることをしながら流れに任せていると適度な距離感が保てるようになるのかなと。

 

ある意味、適度な「住み分け」を含めた共生みたいな感じ!? 

 

ただ、そこに、良い悪い、善悪、正しい・間違いなどの観念を持ち込んで、それをベースにものを見始めると…

共鳴できないものへの反発や批判、認めたくない、よくわからない、どうも嫌いだ、というような判断・ジャッジをするようになります。

 

絵画だと、この作品は嫌いだとか、批判的なコメントをしたりとか、好意的に捉える人を揶揄したりとか…。
今回、絵画を例にしましたが、「絵画」を「自分の周りの状況や世の中」と入れ替えても同じですね。

 

こういった観念を中心に思考すると、共鳴できる・できない、合う・合わないと、ジャッジ、批判を繰り返しながら生きてしまう。

 

また、「自分は正しい」「正義」みたいなところに執着すると争いや不協和の中で生きるということになります。理解できない人との共生には無理がある、となるわけです。

 

エネルギーも上がりにくく、常にストレスで打ち減らされてエネルギーが不足しますから、足の引っ張り合いや奪い合いをしたり、より優位に立ちたいがために相手を攻撃したりもします。

 

やって、やられて、振り回されて、泥沼サバイバルワールド…。

 

今回、色を変えて文章を書いてみました。
ここから何かを感じてもらえると面白いかな~と。
観念は刷り込まれたものであって、本当の自分ではありません。

泥沼空間からは早く抜け出したいものですね。